2009年02月26日
とうとうやってきましたね
目がかゆい・・・。
そう思った瞬間から、「今年もか」となる、あの
花粉症の季節がやってきました。
今では十分市民権を得た花粉症ですが、私の花粉症歴は
かなり長く、もう20年近くになります。
受験生時代も花粉症でした。
択一の問題を解いていると、鼻水が・・・。
ジーンズはびしょ濡れ(汚くてすいません)、でも
下手に鼻をかむとくしゃみが止まらなくなる。
勉強どころではありません。
頭もぼーっとしてあらゆる面で能率が悪くなる。
もう、人生の3分の1から4分の1を投げている!という
感じになります。
わかってくれる方も多いですよね。
でも、ぼーっとばかりもしてはいられません
花粉症が終わるのは私の場合、5月上旬。
旧司法試験では、丁度択一試験の直前の時期でした。
その時期まで、3,4ヶ月もぼーっとしているわけには
いきません。
体調の悪さに任せていては、全然勉強も進みませんし、
いい結果など出るはずもないのです。
さて、どうしたらいいか。
まずは、「こんな状態じゃ何もできないや」という
思いを捨てること。
単にノートの要点を書き写すといった機械的な作業
なら、ぼーっとした頭でもできるかもしれません。
ぼーっとしている状態はどうしようもないのですから、
それはそれとして置いておき、素直にできることに
手を出してみるのです。
そして。
少しずつ、頭を使うことにもチャレンジしていきます。
やってみると、そこに自然と意識が行き、いつの間にか
フローの状態に入って行くことができます。
そうなると、もう花粉症の症状なんて、どうってことは
ありません。
そんな風にして、徐々に高度のことにチャレンジして、
自分の花粉症耐性を強めていく。
自分のコンディションの悪い状態でも、いかに
結果を出せる人になるかというのは、あらゆることに
共通の一つのポイントだと思うのですが、花粉症も
その意味では例外ではないと思います。
日常の勉強でストレスを強く感じ、スランプ状態に
なってしまったときもまた同じ。
そのような状態下でも結果を出せる自分を作る。
いい状態の時にいい結果を出すのはさほど難しいこと
ではありません。
でも、試験のときにいい調子になるとも限らない。
悪い状態でも結果を出せる自分を訓練して作っていく。
そのようにして、自分の下限を上げていく。
そんな努力も大切だと思います。
目がかゆい・・・。
そう思った瞬間から、「今年もか」となる、あの
花粉症の季節がやってきました。
今では十分市民権を得た花粉症ですが、私の花粉症歴は
かなり長く、もう20年近くになります。
受験生時代も花粉症でした。
択一の問題を解いていると、鼻水が・・・。
ジーンズはびしょ濡れ(汚くてすいません)、でも
下手に鼻をかむとくしゃみが止まらなくなる。
勉強どころではありません。
頭もぼーっとしてあらゆる面で能率が悪くなる。
もう、人生の3分の1から4分の1を投げている!という
感じになります。
わかってくれる方も多いですよね。
でも、ぼーっとばかりもしてはいられません
花粉症が終わるのは私の場合、5月上旬。
旧司法試験では、丁度択一試験の直前の時期でした。
その時期まで、3,4ヶ月もぼーっとしているわけには
いきません。
体調の悪さに任せていては、全然勉強も進みませんし、
いい結果など出るはずもないのです。
さて、どうしたらいいか。
まずは、「こんな状態じゃ何もできないや」という
思いを捨てること。
単にノートの要点を書き写すといった機械的な作業
なら、ぼーっとした頭でもできるかもしれません。
ぼーっとしている状態はどうしようもないのですから、
それはそれとして置いておき、素直にできることに
手を出してみるのです。
そして。
少しずつ、頭を使うことにもチャレンジしていきます。
やってみると、そこに自然と意識が行き、いつの間にか
フローの状態に入って行くことができます。
そうなると、もう花粉症の症状なんて、どうってことは
ありません。
そんな風にして、徐々に高度のことにチャレンジして、
自分の花粉症耐性を強めていく。
自分のコンディションの悪い状態でも、いかに
結果を出せる人になるかというのは、あらゆることに
共通の一つのポイントだと思うのですが、花粉症も
その意味では例外ではないと思います。
日常の勉強でストレスを強く感じ、スランプ状態に
なってしまったときもまた同じ。
そのような状態下でも結果を出せる自分を作る。
いい状態の時にいい結果を出すのはさほど難しいこと
ではありません。
でも、試験のときにいい調子になるとも限らない。
悪い状態でも結果を出せる自分を訓練して作っていく。
そのようにして、自分の下限を上げていく。
そんな努力も大切だと思います。
2009年02月08日
新しい年度が近づいてきましたね
この時期になると、来年度にむけて、基礎講座等の
講義を受講される人向けのガイダンスをする機会も
増えてきます。
今日は、そのガイダンスでよくお話しすることを
書かせていただきましょう。
これからロースクールに向けて勉強を始めよう、
という人は、皆さん希望に胸ふくらませて、
目を輝かせて来られる方が多いのですが、いずれ
それが続く人とそうでない人に分かれてきます。
これはなぜなのでしょうか?
お話ししていて気づく一つの理由は、自分の志望が
漠然としてしまっていないか、という点です。
「弁護士になりたい」「検察官になりたい」
この思いは誰しももっているわけですが、問題は
その先。
自分が弁護士になって、何をしたいのか、どのような
仕事をしたいのかを明確にもっている人は、目標が
はっきりしているだけに、少々の壁にぶつかっても
へこたれません。
弁護士になりたい、なんとなく。
これでは強いモチベーションのわきようもないと
おもいます。
自分は弁護士になって医療過誤に苦しむ人たちを
助けるんだ、と希望していれば、自分の夢に
むかってがんばり続けることができる。
志望を明確に持つことによって、自分のパワーを
引っ張り出すことができます。
弁護士の仕事、といってもさまざまです。
まず、国際関係を扱う渉外弁護士、国内問題を扱う
一般民事の弁護士に分かれます。
一般民事にもいろいろあって、
企業法務
商法関係
知的財産関係
金融関係(銀行・保険等)
倒産法関係
労働関係
医療関係
建築関係
等々、細かく挙げていったらきりがありません。
この中の何を自分はやりたいのか。
真剣に考えてみてほしいのです。
もっとも、これではまだ抽象的すぎです。
例えば、私の専門の一つである労働関係でも、
使用者側の仕事をするのか、労働者側につくのか。
倒産法関係といっても、企業等を精算してしまう
破産の仕事を主とするのか、再生を目的とする
会社更生法等の仕事をするのか、更にどの程度の
規模の仕事をイメージするか。
想像でかまわないと思います。
実際に修習にいって実際の仕事を見たら、志望が
変わるということも多々ありますし。
今の自分にとって、本当にやりたいことをできる
限り、具体的に、リアルに思い浮かべてみてください。
受かってからも、弁護士になってからも
自分の志望を明確に持つということは、皆さんの
試験との関係でも重要なことです。
どのようなことをしたいかで、どのような講座を
開いているロースクールに行きたいかも変わって
くるかもしれません。
より重要なのは。
皆さんが新司法試験に合格した後、就職活動に
入らなければなりません。
その際に、明確な志望をもっている人は動きが
早く、ぶれがありません。
自分が前から調べていた、医療過誤を多く扱う
事務所に早速連絡を取って門をたたく、といった
行動が自然にとれるようになります。
弁護士になってからも、自分のしていきたいことを
具体的に考えることは重要なことです。
ただ流されて日々の仕事をこなしていく弁護士も
たくさんいます。
それでも生活はできてしまうでしょう。
でも、それでは、だんだん輝きを失っていって
しまうと思うのです。
世間的にはいい職業と思われていても、自分に
とってはどうなのか。
合格後は何十年もその仕事を続けていくのかも
しれません。
どんなに世間からよく思われようとも、自分
自身がその仕事自体に喜びを感じることができ
なければ、きっと砂をかむような人生になって
いってしまうのではないかと思います。
これまでの自分の経験も踏まえ、一方ではそれに
こだわることなく、常に自分がどのような仕事を
していくべきか、どのように生きていくべきか。
常にそれを考えながら生きていきたいと思います。
この時期になると、来年度にむけて、基礎講座等の
講義を受講される人向けのガイダンスをする機会も
増えてきます。
今日は、そのガイダンスでよくお話しすることを
書かせていただきましょう。
これからロースクールに向けて勉強を始めよう、
という人は、皆さん希望に胸ふくらませて、
目を輝かせて来られる方が多いのですが、いずれ
それが続く人とそうでない人に分かれてきます。
これはなぜなのでしょうか?
お話ししていて気づく一つの理由は、自分の志望が
漠然としてしまっていないか、という点です。
「弁護士になりたい」「検察官になりたい」
この思いは誰しももっているわけですが、問題は
その先。
自分が弁護士になって、何をしたいのか、どのような
仕事をしたいのかを明確にもっている人は、目標が
はっきりしているだけに、少々の壁にぶつかっても
へこたれません。
弁護士になりたい、なんとなく。
これでは強いモチベーションのわきようもないと
おもいます。
自分は弁護士になって医療過誤に苦しむ人たちを
助けるんだ、と希望していれば、自分の夢に
むかってがんばり続けることができる。
志望を明確に持つことによって、自分のパワーを
引っ張り出すことができます。
弁護士の仕事、といってもさまざまです。
まず、国際関係を扱う渉外弁護士、国内問題を扱う
一般民事の弁護士に分かれます。
一般民事にもいろいろあって、
企業法務
商法関係
知的財産関係
金融関係(銀行・保険等)
倒産法関係
労働関係
医療関係
建築関係
等々、細かく挙げていったらきりがありません。
この中の何を自分はやりたいのか。
真剣に考えてみてほしいのです。
もっとも、これではまだ抽象的すぎです。
例えば、私の専門の一つである労働関係でも、
使用者側の仕事をするのか、労働者側につくのか。
倒産法関係といっても、企業等を精算してしまう
破産の仕事を主とするのか、再生を目的とする
会社更生法等の仕事をするのか、更にどの程度の
規模の仕事をイメージするか。
想像でかまわないと思います。
実際に修習にいって実際の仕事を見たら、志望が
変わるということも多々ありますし。
今の自分にとって、本当にやりたいことをできる
限り、具体的に、リアルに思い浮かべてみてください。
受かってからも、弁護士になってからも
自分の志望を明確に持つということは、皆さんの
試験との関係でも重要なことです。
どのようなことをしたいかで、どのような講座を
開いているロースクールに行きたいかも変わって
くるかもしれません。
より重要なのは。
皆さんが新司法試験に合格した後、就職活動に
入らなければなりません。
その際に、明確な志望をもっている人は動きが
早く、ぶれがありません。
自分が前から調べていた、医療過誤を多く扱う
事務所に早速連絡を取って門をたたく、といった
行動が自然にとれるようになります。
弁護士になってからも、自分のしていきたいことを
具体的に考えることは重要なことです。
ただ流されて日々の仕事をこなしていく弁護士も
たくさんいます。
それでも生活はできてしまうでしょう。
でも、それでは、だんだん輝きを失っていって
しまうと思うのです。
世間的にはいい職業と思われていても、自分に
とってはどうなのか。
合格後は何十年もその仕事を続けていくのかも
しれません。
どんなに世間からよく思われようとも、自分
自身がその仕事自体に喜びを感じることができ
なければ、きっと砂をかむような人生になって
いってしまうのではないかと思います。
これまでの自分の経験も踏まえ、一方ではそれに
こだわることなく、常に自分がどのような仕事を
していくべきか、どのように生きていくべきか。
常にそれを考えながら生きていきたいと思います。
2009年01月28日
皆さんの趣味は何ですか?
趣味、と改まって問われると???という
感じですが、好きなこと、ということであれば
たくさんあります。
まずは、旅行。
大学生の時にもユースホステルなどを使って、
日本中を回っていました。
そして、F1観戦。
1994年(セナが亡くなった年です)の鈴鹿以来、
日本GPにはすべていっていますし、レースも全部
録画して、好きなレースは10回くらい繰り返し見て
います。
そのほかにも、映画やら、シャーロック・ホームズ
を初めとする推理小説やら、ドライブ(ただひたすら
走り続ける)やら、いろいろあります。
そして、読書。
これも大好きで、1日に2冊くらいは平均して読んで
います。弁護士としての仕事柄、移動時間が多いことも
ありますが。
皆さんの中にも、読書が好きな方はいらっしゃると
思います。
でも。
読んだ本の中身が、意外に頭に残っていない、なんて
ことはありませんか?
読んだ本を2度買いしてしまう症候群
私がショックを受けたのは、何度か、読んだことのある本を
それと気づかずに買ってしまったときのこと。
しかも、しばらく読み進むまで、読んだことのある本だと
気づかなかったんです。
これは衝撃でした。
自分では読んだつもりでも、ただ字面を目が上滑りしている
だけで、全然自分の中に残っていない。
息抜きで読む小説とかなら、いいでしょう。
でも、知識を得たいと思って読んだ本の中身が、全然身に
ついてない。
これじゃ、ただの時間の無駄になってしまいます。
さすがに、考え込みました。
このままでは、いかん・・・。
それ以来、本を読んでいるときに気に入った表現とか、
感銘を受けた部分などは、その日の終わりに書き出して
整理するようになりました。
こうすると、書き出したところが頭に残りやすくなり
ますし、書き出せる部分を探そうと、より意識的に
本を読むことにもなります。
もう一つ、本を読むときに大事なのは、その本から
自分が何を学びたいのかを決めておくこと。
ただ漫然と読んでしまうのではなく、何が得たいのか
を意識して読むことで、ポイントがピックアップしや
すくなります。
本によっては、非常にインパクトを受けた部分があった
場合、そこであえて読み進めるのをやめる、という
こともあります。
それ以上読み進めると余分な情報が入ってきてしまって、
かえって印象が薄れてしまうからです。
そして、各週のテーマ別読書。
毎日2冊くらいずつ読みますから、1週間では、本に
よって10から20冊くらい読むことになります。
このうち、毎週3冊は、その週のテーマにそった
ものにし、それをまず立て続けに読むようにしたのです。
同じようなテーマの本を立て続けに読むことで、その
テーマに対する意識が強まりますし、本により書いてある
ことが違ったりすると、疑問点をもって強い印象を抱く
こともできます。
テーマはなんでもありです。
「改正民法の動向」
「自己啓発」
「マーケティング」
「ブログの書き方」
「労基署対応上の注意点」
「仕事術」
「ジュール・ヴェルヌ」・・・
今年に入ってからは、
「天地人」
なんていうのもありました。
皆さんも、こんな風にしている、といういいアイディア
があったら、教えてください。
趣味、と改まって問われると???という
感じですが、好きなこと、ということであれば
たくさんあります。
まずは、旅行。
大学生の時にもユースホステルなどを使って、
日本中を回っていました。
そして、F1観戦。
1994年(セナが亡くなった年です)の鈴鹿以来、
日本GPにはすべていっていますし、レースも全部
録画して、好きなレースは10回くらい繰り返し見て
います。
そのほかにも、映画やら、シャーロック・ホームズ
を初めとする推理小説やら、ドライブ(ただひたすら
走り続ける)やら、いろいろあります。
そして、読書。
これも大好きで、1日に2冊くらいは平均して読んで
います。弁護士としての仕事柄、移動時間が多いことも
ありますが。
皆さんの中にも、読書が好きな方はいらっしゃると
思います。
でも。
読んだ本の中身が、意外に頭に残っていない、なんて
ことはありませんか?
読んだ本を2度買いしてしまう症候群
私がショックを受けたのは、何度か、読んだことのある本を
それと気づかずに買ってしまったときのこと。
しかも、しばらく読み進むまで、読んだことのある本だと
気づかなかったんです。
これは衝撃でした。
自分では読んだつもりでも、ただ字面を目が上滑りしている
だけで、全然自分の中に残っていない。
息抜きで読む小説とかなら、いいでしょう。
でも、知識を得たいと思って読んだ本の中身が、全然身に
ついてない。
これじゃ、ただの時間の無駄になってしまいます。
さすがに、考え込みました。
このままでは、いかん・・・。
それ以来、本を読んでいるときに気に入った表現とか、
感銘を受けた部分などは、その日の終わりに書き出して
整理するようになりました。
こうすると、書き出したところが頭に残りやすくなり
ますし、書き出せる部分を探そうと、より意識的に
本を読むことにもなります。
もう一つ、本を読むときに大事なのは、その本から
自分が何を学びたいのかを決めておくこと。
ただ漫然と読んでしまうのではなく、何が得たいのか
を意識して読むことで、ポイントがピックアップしや
すくなります。
本によっては、非常にインパクトを受けた部分があった
場合、そこであえて読み進めるのをやめる、という
こともあります。
それ以上読み進めると余分な情報が入ってきてしまって、
かえって印象が薄れてしまうからです。
そして、各週のテーマ別読書。
毎日2冊くらいずつ読みますから、1週間では、本に
よって10から20冊くらい読むことになります。
このうち、毎週3冊は、その週のテーマにそった
ものにし、それをまず立て続けに読むようにしたのです。
同じようなテーマの本を立て続けに読むことで、その
テーマに対する意識が強まりますし、本により書いてある
ことが違ったりすると、疑問点をもって強い印象を抱く
こともできます。
テーマはなんでもありです。
「改正民法の動向」
「自己啓発」
「マーケティング」
「ブログの書き方」
「労基署対応上の注意点」
「仕事術」
「ジュール・ヴェルヌ」・・・
今年に入ってからは、
「天地人」
なんていうのもありました。
皆さんも、こんな風にしている、といういいアイディア
があったら、教えてください。
2009年01月22日
ゼミの効用
1月です。
この時期になると、年度の変わり目が見えてきます。
昨年4月から勉強を始められた方は、1年の4分の3が過ぎた、という
ことになりますね。
1年間の初めのころには、「こんな風にやってみるといいですよ」といった
ことをいろいろアドバイスさせて頂いたりするわけですが、そのうちの一つと
して、「仲間とゼミを組んでみること」があります。
勉強を始めた当初は、皆さん、やる気に燃えまくっています。
こちらが近づいただけでアチチ・・・とやけどしそうな位で、講義中に下手な
冗談でもいおうものならにらんでくる方までいるほどです。
でも。
1年間は結構長い。
最初のモチベーションを維持していくのはなかなか大変で、自分なりに工夫を
していかなければなりません。
その一つが、ゼミ。
ゼミを組むと、何がいいんでしょうか。
もちろん、わからないところを教えあう、といったこともあるでしょう。
でも、それ以上に、ゼミはモチベーションに維持に役立ってくれるのです。
勉強をしていると、いわゆるスランプが来る時期があります。
何となくやる気が起こらない。
原因がわからないが成績が伸びなくなってしまった。
これを乗り越えるのはけっこう骨が折れます。
でも、ゼミを組んでいた場合。
自分の調子が悪かろうが良かろうが、「これをやる」とみんなで決めたことは
やらなければいけません。
調子の悪い自分にみんながあわせてはくれないのです。
(あわせてくれる場合もあるかもしれませんが、それはいいゼミではあり
ません。)
結果的に、自分の調子が悪くても、無理矢理引っ張られることになる。
自分だけおいていかれたら悔しいですからね。
気が乗らないけど、ゼミでやることになっているから仕方なくやってみた。
ゼミに参加して見たら、最初は気持ちが沈んでいたけど、みんなにあわせて
発言しているうちに、気持ちが沈んでいたことを忘れてしまった・・・。
そんなことを繰り返しているうちに、スランプは飛んでいってしまうのです。
私自身も、受験時代、やる気にあふれた仲間たちとゼミを組んで勉強して
いました。
そのほとんどが、今では司法試験に合格して、実務で活躍しています。
彼ら・彼女たちとたまに偶然会ったり、実務でやりあったり、そんな機会が
あると、とても幸せに感じます。
一緒につらい時期を乗り越えた仲間ですから。
いいゼミを組む方法
もっとも、ゼミはただ組みさえすればいい、というものではありません。
いいゼミを作るためのポイント、を考えてみましょう。
1 目的をはっきりさせる
そのゼミで、何を実現したいのか、自分一人ではできない何を達成し
ようとするのか、をはっきりさせる必要があります。
この点がはっきりしていないと時によりゼミでやることが横道にそれ、
時間を無駄にしてしまうことがあります。
もちろん、目的は時期により変わっていってよいものですが。
2 厳しい人と組む
おっかない人と組まなければならない、ということではありません。
ゼミは、やると決めたことは必ずやる、という厳しさは必要です。
「学校で課題が多く出ちゃってさぁ」「急なバイトが入っちゃって」と
いったときに、「そうかぁ」で済ませてはいけません。
やると決めていたことをしてこなかった人に対しては、冷たい空気が
走る、位がいいと思います。
ぎすぎすした雰囲気がいいといっているわけではありません。念のため。
普段は最高に仲がいい仲間です。でも、やることはやらなきゃね、です。
3 お互いを高めあう気持ちを持つ
たまに、ゼミをやった後で、「○○は使えないよね、○○は最低」などと、
参加者の批判をする人がいます。
はっきりいって、人の悪口を言いながらいい結果を出していった人は
見たことがありません。
仮に参加者の実力に差があったとしても、できる人はまだわかって
いない人に説明をするなど、自分の力を高める方法はあるはずです
(わかっていても、思ったように説明ができなくて、愕然としたり
します。)。
人をけなすのではなく、お互いにとってためになる方法を考えましょう。
4 時間を生かすことを意識する
ゼミで勉強していると、わからないことが出てきて、誰も答えられない、
といったケースがあります。
そのようなときは割り切って、次回までに誰それが調べる、といったことに
しましょう。
時間の有効な活用を。
5 高めにハードルを設定する
参加者の誰もが簡単にこなせるテーマをあつかったのでは、それなりの
成果しか期待できません。
量的に、あるいは内容的に、ちょっと厳しいよね、といったところに
テーマを設定しましょう。
今の司法試験にはありませんが、私の受験時代には、会計学が試験科目
にあって、企業会計原則を一言一句正確に丸暗記する、というのをゼミで
やったことがあります。てにをはを間違えただけで突っ込みを食らうのは
大変でしたが、おかげでみんな一文字残らず、正確にいえるようになり
ました。
機会があったら、皆さんのゼミも見させてくださいね。
1月です。
この時期になると、年度の変わり目が見えてきます。
昨年4月から勉強を始められた方は、1年の4分の3が過ぎた、という
ことになりますね。
1年間の初めのころには、「こんな風にやってみるといいですよ」といった
ことをいろいろアドバイスさせて頂いたりするわけですが、そのうちの一つと
して、「仲間とゼミを組んでみること」があります。
勉強を始めた当初は、皆さん、やる気に燃えまくっています。
こちらが近づいただけでアチチ・・・とやけどしそうな位で、講義中に下手な
冗談でもいおうものならにらんでくる方までいるほどです。
でも。
1年間は結構長い。
最初のモチベーションを維持していくのはなかなか大変で、自分なりに工夫を
していかなければなりません。
その一つが、ゼミ。
ゼミを組むと、何がいいんでしょうか。
もちろん、わからないところを教えあう、といったこともあるでしょう。
でも、それ以上に、ゼミはモチベーションに維持に役立ってくれるのです。
勉強をしていると、いわゆるスランプが来る時期があります。
何となくやる気が起こらない。
原因がわからないが成績が伸びなくなってしまった。
これを乗り越えるのはけっこう骨が折れます。
でも、ゼミを組んでいた場合。
自分の調子が悪かろうが良かろうが、「これをやる」とみんなで決めたことは
やらなければいけません。
調子の悪い自分にみんながあわせてはくれないのです。
(あわせてくれる場合もあるかもしれませんが、それはいいゼミではあり
ません。)
結果的に、自分の調子が悪くても、無理矢理引っ張られることになる。
自分だけおいていかれたら悔しいですからね。
気が乗らないけど、ゼミでやることになっているから仕方なくやってみた。
ゼミに参加して見たら、最初は気持ちが沈んでいたけど、みんなにあわせて
発言しているうちに、気持ちが沈んでいたことを忘れてしまった・・・。
そんなことを繰り返しているうちに、スランプは飛んでいってしまうのです。
私自身も、受験時代、やる気にあふれた仲間たちとゼミを組んで勉強して
いました。
そのほとんどが、今では司法試験に合格して、実務で活躍しています。
彼ら・彼女たちとたまに偶然会ったり、実務でやりあったり、そんな機会が
あると、とても幸せに感じます。
一緒につらい時期を乗り越えた仲間ですから。
いいゼミを組む方法
もっとも、ゼミはただ組みさえすればいい、というものではありません。
いいゼミを作るためのポイント、を考えてみましょう。
1 目的をはっきりさせる
そのゼミで、何を実現したいのか、自分一人ではできない何を達成し
ようとするのか、をはっきりさせる必要があります。
この点がはっきりしていないと時によりゼミでやることが横道にそれ、
時間を無駄にしてしまうことがあります。
もちろん、目的は時期により変わっていってよいものですが。
2 厳しい人と組む
おっかない人と組まなければならない、ということではありません。
ゼミは、やると決めたことは必ずやる、という厳しさは必要です。
「学校で課題が多く出ちゃってさぁ」「急なバイトが入っちゃって」と
いったときに、「そうかぁ」で済ませてはいけません。
やると決めていたことをしてこなかった人に対しては、冷たい空気が
走る、位がいいと思います。
ぎすぎすした雰囲気がいいといっているわけではありません。念のため。
普段は最高に仲がいい仲間です。でも、やることはやらなきゃね、です。
3 お互いを高めあう気持ちを持つ
たまに、ゼミをやった後で、「○○は使えないよね、○○は最低」などと、
参加者の批判をする人がいます。
はっきりいって、人の悪口を言いながらいい結果を出していった人は
見たことがありません。
仮に参加者の実力に差があったとしても、できる人はまだわかって
いない人に説明をするなど、自分の力を高める方法はあるはずです
(わかっていても、思ったように説明ができなくて、愕然としたり
します。)。
人をけなすのではなく、お互いにとってためになる方法を考えましょう。
4 時間を生かすことを意識する
ゼミで勉強していると、わからないことが出てきて、誰も答えられない、
といったケースがあります。
そのようなときは割り切って、次回までに誰それが調べる、といったことに
しましょう。
時間の有効な活用を。
5 高めにハードルを設定する
参加者の誰もが簡単にこなせるテーマをあつかったのでは、それなりの
成果しか期待できません。
量的に、あるいは内容的に、ちょっと厳しいよね、といったところに
テーマを設定しましょう。
今の司法試験にはありませんが、私の受験時代には、会計学が試験科目
にあって、企業会計原則を一言一句正確に丸暗記する、というのをゼミで
やったことがあります。てにをはを間違えただけで突っ込みを食らうのは
大変でしたが、おかげでみんな一文字残らず、正確にいえるようになり
ました。
機会があったら、皆さんのゼミも見させてくださいね。
2008年12月28日
風邪をひいて、受講生の皆さんにはご心配をおかけしました
年末にきて、風邪で熱をだしてしまい、先日の講義では
ウーロン茶の缶で頭を冷やしながら講義をしていました。
受講生の皆さん、万全の体調で講義に臨めなくて申し訳
ありませんでした。
何年かに1回くらいの割合で、風邪をひいて寝込んだり、
熱を出したりします。
この前の火曜日の講義の日がちょうどそのタイミングに
ぶつかってしまいました。
熱は38度強くらいだったので、そのまま講義にいった
のですが、皆さんの応援で、何とか乗り切ることができ
ました。
ところで。
皆さんは、風邪はどのようにしてなおしますか。
私の場合は、一番の薬は、「講義」です。
講義をする瞬間は、私にとって、全身全霊をこめて頭を
フル回転させて皆さんに語りかける機会です。
自分でも違いがわかるほど、それ以外の時間とは頭の
働きが違います。
それまで何度読んでもしっくりこなかったところが講義の
最中にひらめいたりすることも多々あります。
どのように表現したらよいか、どのような例を挙げたら
わかりやすいか、必死に考えながら話すわけです。
波にのってくると、心地よい集中状態に入ります。
こうなったらしめたもの。
そのまま波に乗っていれば一気に最後まで走り抜け
られるのです。
熱を出しているときでも同じです。
6時間話さなければならないとすると、だんだん
だんだん体調は悪くなって、3時間目くらいには
最悪になります。
そのまま寝込んでしまいたくなるところを、話続け
ていると、不思議と体の力が抜けて、つらさが消えて
いく。
6時間が過ぎた頃には、「もう一回講義でもいいや」
といった気分になります。
普段の講義でも同じです
普段の講義でも、同じです。
実は、一日のうちで、もっとも疲れを感じるのは、
講義が始まる瞬間。
朝から事務所で書面を書き、依頼者の相談に対応し、
法廷に行き、調停の席に出席する。
事務所に戻れば電話がいっぱい、といった状態で、
これ自体は苦痛なわけではないのですが、それを
続けていると、ずっしりと疲れを感じるわけです。
そして、講義。
「はい、こんにちは。」と始まるのですが、この
瞬間が一番からだが重たいのです。
でも不思議。
6時間の講義を終えたころには、体中に元気が
みなぎり、「もう一回講義でもいいや」になります。
そのまま終電まで質問を受けていても平気です。
講義がなくて、自分の自由になる時間があるのならば、
こうはいかないと思います。
自分の調子がどんなときでも、どんなに「これ以上は
無理だ」と感じるときであっても、否応なしに講義に
突入しなければならない。
それによって、主観的な「もうだめだ」とか「もう
これくらいにしておこう」という壁を越えてしまう
のだろうと思います。
そのような機会を持ち、また、そのように壁を越える
経験を日常的に持つことができる、自分の置かれた
環境は本当に幸せだと思います。
講義以外にも、そのような経験をしたい。
自分の壁を感じても、実は主観的にしか壁はなかった
とわかる、それを感じられた日はとてもハッピーに
なります。
年末にきて、風邪で熱をだしてしまい、先日の講義では
ウーロン茶の缶で頭を冷やしながら講義をしていました。
受講生の皆さん、万全の体調で講義に臨めなくて申し訳
ありませんでした。
何年かに1回くらいの割合で、風邪をひいて寝込んだり、
熱を出したりします。
この前の火曜日の講義の日がちょうどそのタイミングに
ぶつかってしまいました。
熱は38度強くらいだったので、そのまま講義にいった
のですが、皆さんの応援で、何とか乗り切ることができ
ました。
ところで。
皆さんは、風邪はどのようにしてなおしますか。
私の場合は、一番の薬は、「講義」です。
講義をする瞬間は、私にとって、全身全霊をこめて頭を
フル回転させて皆さんに語りかける機会です。
自分でも違いがわかるほど、それ以外の時間とは頭の
働きが違います。
それまで何度読んでもしっくりこなかったところが講義の
最中にひらめいたりすることも多々あります。
どのように表現したらよいか、どのような例を挙げたら
わかりやすいか、必死に考えながら話すわけです。
波にのってくると、心地よい集中状態に入ります。
こうなったらしめたもの。
そのまま波に乗っていれば一気に最後まで走り抜け
られるのです。
熱を出しているときでも同じです。
6時間話さなければならないとすると、だんだん
だんだん体調は悪くなって、3時間目くらいには
最悪になります。
そのまま寝込んでしまいたくなるところを、話続け
ていると、不思議と体の力が抜けて、つらさが消えて
いく。
6時間が過ぎた頃には、「もう一回講義でもいいや」
といった気分になります。
普段の講義でも同じです
普段の講義でも、同じです。
実は、一日のうちで、もっとも疲れを感じるのは、
講義が始まる瞬間。
朝から事務所で書面を書き、依頼者の相談に対応し、
法廷に行き、調停の席に出席する。
事務所に戻れば電話がいっぱい、といった状態で、
これ自体は苦痛なわけではないのですが、それを
続けていると、ずっしりと疲れを感じるわけです。
そして、講義。
「はい、こんにちは。」と始まるのですが、この
瞬間が一番からだが重たいのです。
でも不思議。
6時間の講義を終えたころには、体中に元気が
みなぎり、「もう一回講義でもいいや」になります。
そのまま終電まで質問を受けていても平気です。
講義がなくて、自分の自由になる時間があるのならば、
こうはいかないと思います。
自分の調子がどんなときでも、どんなに「これ以上は
無理だ」と感じるときであっても、否応なしに講義に
突入しなければならない。
それによって、主観的な「もうだめだ」とか「もう
これくらいにしておこう」という壁を越えてしまう
のだろうと思います。
そのような機会を持ち、また、そのように壁を越える
経験を日常的に持つことができる、自分の置かれた
環境は本当に幸せだと思います。
講義以外にも、そのような経験をしたい。
自分の壁を感じても、実は主観的にしか壁はなかった
とわかる、それを感じられた日はとてもハッピーに
なります。